予選第2日目 Report
ルマン24時間
途中27位までポジションアップもギヤボックスのトラブルで無念のリタイア
2008 ルマン24時間
Date: 08年06月14〜15日
Circuit: ルマン サルテ・サーキット
予選でのクラッシュから3日、『クルーズ シラー モータースポーツ』の修復作業は朝のフリー走行の時間まで掛かってしまいました。ルール上、朝のフリー走行を走らなければ決勝レースに参加する事が出来ないので、野田とジョンでまだ完全には修復が終わっていないマシンで周回します。マシンはまだまっすぐ走ることも出来ず、セッションが終了するとクルーたちは再び作業に取り掛かります。
野田は、13 時からのドライバー集合写真撮影に参加。参戦するすべてのドライバー達と肩を並べ写真に写りました。その後、ルマンを飾る記念式典がホームストレート上で行われました。
しかし、野田が駆るマシンはなかなかピットを離れることができません。最終調整に時間を要する中で、ピットレーンの閉鎖時間が刻一刻と迫ってきます。その様子を心配そうに見つめる野田。チームクルーの献身的な努力が実を結び、なんとか作業はピットレーン閉鎖まで間に合い、マシンをグリッドに並べることができました。あれだけの大きなクラッシュから、わずか3日でクルーたちはマシンを修復させたのです。ピットから出され、グリッドに向かう44号車のマシンに対して他の多くのチームから称賛の拍手が巻き起こりました。
スターティング・ドライバーは、チームメイトのジョン・デ・ポタレス選手。14 時52 分、フォーメーションラップが開始され、各車は隊列を組んでゆっくりとサルテ・サーキットを周回してきます。
今年は過去最高の25万8500人の観客がサーキットを訪れ、グランドスタンドを埋め尽くしていました。53台のマシンが1周のフォーメーションラップを終え、満員の観客で埋め尽くされたグランドスタンド前に戻ってくると、割れんばかりの歓声がサーキットを包み込みます。
そして、フランス国旗が振られレースがスタート。34 番手からスタートのジョンは、先頭集団から距離があるものの、無事に第1 コーナーに飛び込んでいきました。
今回は満足のいく走行を行えなかったことや、LMP2クラスのトップチームに比べて1周あたりのラップタイムにかなりの差があることから、マシンに負担を掛けず確実に24時間を走り切る作戦を取り、1周のラップタイムを3分50秒台で周回しようとのミーティングが行われていました。デ・ポタレスはその指示に従い安定したドライビングで周回を重ねていきます。スタートからポジションを落とすことはなく、1 時間半が経過した19 周目にジョンから野田へとドライバーチェンジ。同時にガソリンの給油を行いコースインしていきます。コースインした野田もデ・ポタレス同様3分50秒台の車に無理をさせない走りで周回、それでも徐々にポジションを上げていきます。30 周目に一度ピットインし、タイヤ交換。再びコースに戻り果敢な走りで前を走るマシンたちを追いかけていきました。
最終的に野田は予定よりも多い46 周を走り切り、総合27 番手、クラス6番手までポジションを上げ、サードドライバーのシモンセンにステアリングを委ねました。
今回が『クルーズ シラー モータースポーツ』での初レースになる第3 ドライバーのシモンセンでしたが、そのラップタイムは3分40秒台と、ミーティングの内容よりも速いタイムで周回してしまい、チームクルーからは不安の声が上がります。シモンセンが予定の周回を走り、再びジョンに交代しますが、数周後に緊急のピットイン、クルーたちの不安は的中してしまいます。すぐにコースに戻りますが2 周後にはまた戻ってきてしまいます。
一度ガレージ内に戻されたマシンはギヤボックスを痛めており緊急作業がすぐさま開始、痛めたギヤの交換作業を行い、約1 時間後の20 時(日本時間:15 日・3 時)に再びコースへと戻ります。しかしこの時点でポジションは総合44 番手、クラス9番手にまでダウンしてしまいます。
コースに戻ったジョンは、再び安定したラップを刻み、22 時45 分(日本時間:15 日・5 時45 分)に野田と交代。日の落ちたサルテ・サーキットのナイトセッションへと飛び出して行きました。
このスティントでは何も問題が発生することはなく、ジョンから託されたマシンで確実に周回をしていきます。そして予定通りに野田からシモンセンに交代。
マシンを譲り受けたシモンセンでしたが、ブレーキランプがうまく点灯しないトラブルが発生。この時コースには他車のクラッシュによりセーフティーカーが入っていたため、このタイミングを利用して修復作業を行いました。作業はすぐに終了し、シモンセンはコースへ復帰。しかし、1 時間後の1 時15 分頃(日本時間:8 時15 分)に再びピットイン。またしてもうまく作動しないブレーキランプの修理となりました。
コースに戻ったシモンセンは順調に周回を重ね、ジョンへとステアリングを譲ります。
順調に周回を重ねていたジョンでしたが、2 時40 分(日本時間:9時40 分)頃、コース脇に止まる44 号車のマシンの姿がサーキットのオーロラビジョンに映し出されます。ギヤボックスにトラブルが発生してしまい、走行することができなくなってしまったためでした。ルマン24時間レースでは、コース上にストップした場合でもドライバーが修復して再スタート出来れば問題ありません。ただその際はメカニックの手出しは出来ないことになっています。1 時間以上も経過してもジョンはその場に残り、現場に駆け付けたチームクルーからの指示を聞きながらなんとかマシンをピットまで運ぼうと全力を尽くしています。また、ピットに残っているクルーたちもレースを諦める事なく、ジョンとマシンの帰りを待っています。
すでにいくつかのチームは、トラブルやアクシデントなどでリタイアとなってしまっています。その他にも多くのチームがトラブルによる緊急ピットインをしており、一切の予断を許さない状況が続いています。
しかしここで不運にも雨が降り始めてしまい、願いは叶わず、チームはリタイアを選ばざるをえない結果となってしまいました。
24 時間という過酷なレースを控えた予選での大クラッシュに見舞われた野田でしたが、このクラッシュを奇跡的にも無傷で乗り切り、決勝レースでは果敢な走りを見せ、34 番手から27 番手までポジションアップを果たしました。『クルーズ・シラー・モータースポーツ』は、さまざまな困難と立ち向かってきましたが、残念ながら完走に結びつける事はできませんでした。しかし、今回の経験はこの後に控える『ヨーロッパルマン・シリーズ』に向けて大きな収穫となったことを確信します。
●野田英樹:決勝終了後コメント
『今回は遠く日本から応援して下さる皆様、サーキットまで直接来てくださった皆様、そしてスポンサーの皆様や、ハードワークをこなして車を作ってくれたチームクルー達、本当に全ての人々のために最高のご報告をしようという意気込みで臨んでいただけに、とても残念な結果になってしまいました。特に、あれだけ大破してしまったマシンを、わずか2日半で直してくれたチームクルーは本当に素晴らしい仕事をしてくれました。その結果に答えるためにも、僕達3人のドライバーで力を合わせて結果を出さなければいけなかったのですが、それが出来ず本当に悔しく思います。
マシンには朝のフリー走行から、いくつか不安な部分があり、ギヤに関する問題もそのひとつでした。僕やジョン、そしてチームクルーは今年の『ルマン・シリーズ』の開幕からこのマシンを使用してきて、多くのトラブルが発生していることを考慮して無理をしない作戦を取ったのですが、今回第3ドライバーのアランがその指示より早いラップタイムで周回してしまい、案の定ギヤにトラブルが起きてしまいました。もし、アランが作戦通りの走りをしてくれればと思うと、悔やみきれません。
マシンがストップしてから2時間近く、ジョンが諦めることなく、マシンをガレージに戻そうと頑張ってくれていました。コースには雨が降り、とても辛い状況であったと思います。その中で頑張ってくれたジョンには、本当に感謝しています。
今回は、初めての24 時間耐久という過酷なレースに参加することが出来ました。今週はとにかくたくさんの事がありましたが、その全てがこの先の『ルマン・シリーズ』、そして来年の24 時間耐久レースに向けての貴重な経験となったことは間違いありません。たくさんのご声援をいただき、本当にありがとうございました。』

























